雪の名残り

樹から落ちた果実が破裂してそのまま染み込んだように、昨日積もった雪はまだアスファルトに振り撒かれたままだった。
歩道を歩きながら、透明に覆われ、凍った灰色が靴の裏でキュルキュル滑るのを楽しんでいると、前を歩いていたサラリーマンが突然、車道に逸れた。
何があるのかと思って目を足の先にやると、そこにはまだ踏み固められていない雪が白く折り重なっていた。
ああ。
何故ここの部分だけが誰かに踏まれることなく残っていたのか、それは解らないが、誰かが踏みしめて歩かないと雪は溶けないのだ。そんな当たり前のことが、酷く胸に沁みた。
人の心も同じようなもので、誰かに踏まれて、雪掻きされて、少しずつ溶かされていく。だが、踏まれることなく残った雪は、高く高く積まれて、うずもれて行く。


僕の心に雪はいまどれだけ積もっているのだろうか。
新参者を追い返す、拒絶の白。
街中に降る雪は、無数の塵芥に混じり溶け合って、濁った眼球を想起させる。
どろりと剥かれた視線の先には、傍を通る誰からも忘れ去られた隘路。


この道が使われる方法があるとすれば、
春の到来を待つか、除雪車を走らせるか、あるいはバイパスを通すかしかない。
いずれも叶わぬ夢ならば、第三者が雪だるまでも作るために使ってくれたらいいと思う。
誰かの笑い声が聞こえるなら、空に琴線を張って、その糸の先で世界が傷付こうが構わない。


だが、それは理想。叶うことのない、隔たればすぐに消え去る空疎な夢想。
高らかに唄うには狭すぎる空の下での話。


僕は思い切って白いステージを踏みしめて歩いた。少し靴下が濡れた。