江波光則『パニッシュメント』――それは神に立ち向かう傑作。

パニッシュメント (ガガガ文庫)
江波 光則
小学館 (2011-02-18)
売り上げランキング: 6225

先に結論から言います。傑作です。
もの凄い作品でした。
特にこの本をお薦めしたいのは、瀬戸口廉也氏の作品などが好きな方です。
氏のファンならば、多分ハマると思います。
と、こう言えば響く人には響くだろうし、あんまり言い過ぎると読書時の興奮を損ねると思うので、先入観なしにいいから今すぐ買って来て「うわー表紙の女の子たち可愛いー^^」とか萌えわく(萌え萌えわくわく)しながら読み始めてください。
そしてできれば読了してからこの続きを読んでください。
では。


  *  *  *
(以下、作品の主題に触れる記述があります)


いやはや。
繰り返しますが、とんでもない作品だと思いました。
この作者の前作『ストレンジボイス』を読んだ自分の感想は、
『絶賛まではしないが強めに舵を「賛」に切る。こういう作品があってもいい。』
だったのですが、今作を読んで、認識を改めました。
この作者には、自重することなく書きたいものをどんどん貫き通して欲しいと思います。どこまでも追い続けます。端的に言えば信者化しました。そういう作家がまた誕生したということを非常に嬉しく思います。


前作に比べると、今回は表紙にハーレム的な構図を使ったり『誰もがローリングする怒濤の恋!』なんてキャッチコピーをつけたりしていて(まあ表紙詐欺なんですが)、お薦めしやすくなったと思います。
確かにローリングするけどさ。身悶えする絶望だろ、これって。
『ストレンジボイス』に比べると、カタストロフをしっかりと付けているものの、単純なカタストロフに終わらないのがらしいですね。


呵責なく振り下ろされる暴力的なまでの絶望、すれ違いから、信仰とは何か、神とは何か、人間とは何かを描き出して行く作品です。
主題となっていて、終盤で怒濤のように畳みかけられる「父親殺し」、「神の沈黙」といったモチーフは、勿論ドストエフスキーの系譜を意識しているのでしょう。この辺りが、先ほど述べた瀬戸口氏の作品とも共通するところでしょうか。
カラマーゾフの兄弟』をはじめ、ドストエフスキーの文学が「父親殺し」であることについて述べた論文はフロイト先生を始め沢山あるのでそちらを参照してください。


この作品は、登場人物の誰一人を「悪者」として描きません。
カルト宗教の信者はもちろん、ましてやその教祖でさえも。
それは、優しいようで、とても残酷な行為です。なぜなら、徹頭徹尾「人間」というものを、冷めた視線で見ることと同じだからです。


津波のような物語展開の末、神殺しは達成されます。
しかし、ラスト4ページですら、休息は許されず、最後の最後に示唆されるとある皮肉な構図によって、主人公は神の存在=そして沈黙を返って強く感じる結果になります。
彼はそれを否定せざるを得ない。
自分が殺してきたものが神、神を求める人々の幻想であるからです。
それでも弱い心は縋ろうとする。
自分の罪から目を背けることも、受け入れることもできない。
ならば祈る。何に?
何を神とするかは君次第だ。
だから、愛だ。
愛という名の、信仰に縋る。
しかし、それもまた宗教戦争ではないのか?
神の反対はまた別の神である。


徹頭徹尾、何かに縋らざるを得ない、悲しい人間の生き様が巧妙な筆致で描かれた作品です。
「生き様」という意味では七瀬という登場人物のキャラ造形に強く惹かれます。
そして、その終盤の加速度のために、1章、2章の穏やかな「ライトノベル的」シーンが上手く生きていると思います。
だから、前作は「ラノベより純文学の方が」なんて言いましたが、僕はこの作品はライトノベルでなければならなかったと強く言えます。


さて、既に導かれた一語のためにあまりくどくどと言う必要もないでしょう。
傑作です。
心の深淵を覗き込むタイプの、必要な人には極限まで必要とされ、不要な人には一切不要なタイプの傑作です。
Gott ist tot.(神は死んだ)
人が神を生み出した。
人が神を殺した。
そのどちらも人の業であり、罪(パニッシュメント)です。
僕は江波氏の次回作を、首を長くして待ち望んでいます。超お薦め。