沙村広明短編集「シスタージェネレーター」/幸村誠「ヴィンランド・サガ」(8)

無限の住人」でおなじみ沙村広明の短編集。
名作「おひっこし」から数えて7年ぶりの短編集、ということですが、どっちかというとあれは「おひっこし」+αといった感じの単行本だったので、純然な短編集は初めてなんじゃないかと思います。


沙村さんの何が一番すごいかって、絵が上手いのはもちろんですが、振れ幅が広いんですよね。


「漫画読み」と「サブカル嗜好」のどちらにも最大公約数で受けるラインを絶妙に通っていく感じの漫画家というのは、日本ではちょっと沙村さんしかいないんじゃないでしょうか。月刊アフタヌーンエロティクス・FとSM漫画誌に同時に連載を持てる作家が日本に他にいるだろうか。まあガチの責め絵を描く漫画家ってのがそうそういな(ry


そんな幅の広い沙村さんの短編集だけあって、この単行本にも出版社と掲載誌の枠を超えた作品が一つに収められています。列挙すると、月刊アフタヌーンクイックジャパンコミックフラッパー近代麻雀オリジナル(!)。


無情と陰惨を正面から余すところなく描いた問題作「ブラッドハーレーの馬車」は残酷物に耐性のない人に賛否両論あったのですが、今回はあそこまで直接的なグロや鬱傾向がないので、あれより多くの人に受け入れられるんじゃないでしょうか。
(関連:ブラッドハーレーの馬車/沙村広明 - やや最果てのブログ


以下収録作品の個別感想。
微ネタバレだけど畳まない。

「久誓院家最大のショウ」

SMというフェティシズムを違った角度から描いた作品であることに変わりはないのですが、ここまで来るともはやフェティシズムというより魂の有り様、あるいは生き様というところまで踏み込んだテーマのような気がします。
クライマックスの文章は圧巻だな、震えた。
個人的にこの短編集で一番好きです。

「制服は脱げない」

「おひっこし」にも通ずる、ユーモア溢れる怒濤の会話劇で見せる作品。
相変わらず、下手なお笑い芸人よりよっぽどクオリティが高いです。
Quickjapan誌に掲載ということで、時事ネタに加え、音楽、ゲーム、漫画、文学などのサブカルネタが「わかる」人に、「これは俺のための作品じゃないか」と思わせる作りは流石。

ブリギットの晩餐」

アナザーサイドオブ「ブラッドハーレーの馬車」と言ったところか。陰惨になりすぎないように留意されたバージョンの。
作者お得意の西洋、中世、人身売買、そこら辺を描きつつ、乱歩あるいはスケキヨ的退廃感もあって、後味が悪くないので良い感じです。

「シズルキネマ」

繰り返されるブルマーはただの作者の趣味なんじゃないか説。いや、私も好きなんですけれど。
「人のやる事なす事に『中二』とか言って悦に入ってる連中」への罵倒、うわあ、私怨っぽい(笑)
SF展開は正直オチをつけるための苦肉の策という感じが否めませんがまあそこを真剣に求めてもないのでこんなものでしょう。

「下層戦略 鏡打ち」

近代麻雀オリジナル」に掲載された麻雀漫画。
実話に基づいた、本人は低レベルと言いつつ実は高レベルなんじゃないか、いや繰り返し読むとやっぱり低レベルかという絶妙な麻雀闘牌における心理戦が描かれていますw
自分の麻雀でおもしろエピソードがある人っていいなあ。

「青春じゃんじゃかじゃかじゃか」

同人誌に掲載されたコメディ路線の青春もの。
内容についてはまあ、特筆すべきことはないかな。個人的に似たようなことやったことあってちょっと痛かったのを思い出した(それを特筆しろ)

「エメラルド」

無限の住人」に通ずる、練ったプロットも魅せつつケレン味溢れるアクション活劇(しかも、西部劇!)
作者の本領発揮ですね。
各キャラデザは意図的にむげにんに似せてると思う。


ネタを緩急織り交ぜた、バランスのいい短編集でしたね。
140キロ後半のストレートも投げられる上等な変化球投手のレパートリーを片っ端から味わった感じでした。
ごちそうさまでした。
あと、カバー裏にお遊びがある単行本はいい単行本。


<参考リンク>
2009-09-25 - pouda::memo - むげにん25巻と短編集が9/23に同時発売したよっ



安定したおもしろさを誇る、ヴィンランド・サガの8巻。
だが、「このオビを考えた奴は誰だあっ!」
そこで展開ネタバレすんな馬鹿!
俺はアフタ本誌で読んでたからいいんだけど、単行本派可哀想だろ……節子それドロップやない……。


まさに新章突入っていうか、「END OF THE PROLOGUE」というタイトルの話もありつつ、物語が大きく区切られる巻です。アシェラッド(主人公)の生き様に全読者が震えた。え、トル……誰だっけ、それ?
個人的に、物語が最高の盛り上がりを見せる中、ここで区切ってほしくなかった感もなくないのですが、これから魅力的な新キャラなりが出てくることに期待ですね。ここからプラネテスのハチマキみたいに哲学的な流れになったらそれはそれで面白い。
あと、後半のトルフィンがカート・コバーンに見えたのは俺だけでいい。