熔鉱女鉄律線

Twitterで書き散らしたものを拾い上げて加筆修正。



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唄が聞こえていた。
世界に流れる低音は熔鉱炉に落ちた石のようだった。自我の境界はいつしか融解を始めた。
景色の果てにはくるくると紙人形が飛翔して落下している。確かその裏になにか大事な言葉が書いてあったような気がするが覚えていない。
対座にごうと電車が通り過ぎるような風がしくしくと胸に痛み、ふいに僕は子供の頃に良く戯れた少女の名前がぶら下がっている事に気付いた。少女は少女で居らぬが為に罰を受けている所だった。
少女の喉元からは重い固まりの針が、呑み込まれんとする前の矜持を発揮し何本も何本も突き出て、小さな鉄塔が刺さっているようだった。僕はその仄かな楚痛に快然と色気を感じていた。
少女はそれきり9歳のままで、またごぼごぼぐぶうと息を吐いた。小刻みに振れる数字の7はエレベータだった。
薄く瞬きをすると時間が斜めに伸びた。何故か、哀しみは責務感に勝てなかった。
それでも、たったひとつ。僕はもう少女に二度と会わぬのだという事だけは解っていた。
閉まっていく扉の向こうに彼女が居る。
だから最後に「さよなら」とだけ言おうとしたが、なんだか意志は冷たく底光りしたまま、熱く焼け爛れた好意に融解された。そこで気付く。ああ。身体は要らなかったんだ。
いつか、この身体ごと思いが朽ち果てるのが怖い。だから、僕たちはいつも意識だけで繋がっていたんだ。
結局、彼女とそれでも繋がっている為に、僕は泪だけを落とすことに決めた。自由落下するそらから前頭葉の奥、部屋のベッドの中、空気を介してぱちじゅうと肉の音が弾けた。
泪が出たのは煙のせいでは無い。
今でも、最後に彼女に掛けたかったあの野暮な言葉は、鉄の扉にに永久に鋏まれている。