さのうはみだししょうじょ うぇるにっけ! だい1わ


<注 この記事はエイプリルフール企画でした。>


「ちこく! ちこく!」
遙か荒野の彼方(具体的に言えばたばこ屋の角を曲がった辺り)から、地響きを伴って、牧歌的な朝の町を駆け抜ける一人の少女――を想像して頂きたい。
その地響きは、あたかもケニヤかなんかの川を嫁・姑戦争の姑ばりに我が者顔で突っ切るヌーの大群の如く近所に響き渡り、その振動は三丁目の民家内で朝食を摂取中の宮本さん老夫妻の食卓を激しく揺らし、その上下運動に老宮本さんは若かりし日の妻の嬌態なんかを思い浮かべちゃったりしてやけに色っぽく見えるなばあちゃん今夜やろうぜ、みたいなそんな勢いで少子化高齢化社会を防ぎながら一人の少女が風を切って駆け抜けて行く。
少女は制服を着ている。黒と白を基調とした半袖とスカートに、赤のスカーフなんか首絞めちゃったりするあたり、いかにも古典的なセーラー服だ。
ここまで古典に忠実な研究っぷりをしていると、重力に引かれた林檎が落ちるように、曲がり角で転校生に衝突すべきであると言えよう。むしろしなければならない。しなければ百人乗ったイ○バ物置が倒壊したりする。
しかし、ここで何の奇を衒ったか、というか血迷ったか、いたずら好きな作者は少女にあくまでも冷酷な運命を課そうとするのである――


キーッ!
ドガングシャスイーッビロンポヨン!(SEは脳内補完を基準とする)
横道から飛び出したのは2tトラック。全力で走ってきた少女の身体は、なすすべもなく凶悪な鉄塊に叩き付けられ、毬のように2メートル、3メートル弾んで幾度となく地面に擦り付けられながら吹き飛んだ。
「ワーオ、グレイト」
それを来日中のロナウジーニョが見ていて新しいシュートを思いついたりした。そして中世に蹴鞠が生まれた。
「ぼべえええ…………げぼおおお」
かわいそうに、少女はもはや虫の息も絶え絶え、全身を強く打ってあまつさえ嘔吐なんかしちゃったりガール、ゆるふわ撥ねられガールだ。
たぶん、あたし、身体が変な方向に曲がったり折ったりベキンポしたりしてる。ベキンポって何だろう、あ、あたたた、いい、いいよ、もう、すごく痛いのは解るだろうし読んでる方も痛くなるので描写は遠慮して。あ、だんだん、周りの景色が、暗くなってきた――。


ここで少女の意識は一応の断絶を迎える。
通常なら永遠の断絶であろうが、物語にはまだ続きがあった。
少女の瞳がゆっくりと開く。意識が覚醒した瞬間に、彼女は自分の身体が何か柔らかい布に包まれていることに気が付いた。これは――蒲団? 彼女は薄暗い室内に寝かされていて、見たところ、病院施設のようにはとても思えない。それより奇妙なことは、その天井は、電灯の類が無いのにも関わらず、何故か仄かに明るいのだった。
「ここは……」
あんなにあった痛みは、ない。上半身を、ゆっくりと起こす。と、そこで、
「お早う、ウェルニッケ」
眼を見開いた。
彼女の眼前に佇立していたもの、その存在は、どう見ても、
「ペグ……?」
人間の大人2,3人ぶんぐらいの大きさで屹立するそれは、巨大な、ギターのペグにしか見えない。細長く、円筒状の銀色の中心に穴が開いていて、缶ジュースを握り潰したように真ん中がくびれている。しかし、彼(?)らの体表からねっとりとした体液がじわじわ滲み出ていることは、それが生物であることの証左であろう。何より、朧気な感覚として、彼女にはそれが生きているということが、何故か解るのだった。
ペグは述べた。
「あーあ。思考感覚情操結合動作、問題ないかね。この言語が認識可能だったら、右手を挙げてくれ」
「……ひゃい」
よく分からないが、言われたことには素直に従う少女であった。
「よろしい。さて、君は本来なら死亡していた。そこまでは記憶があるね?」
こくこく。あまりの展開に、言語化を不可とする少女。
「君を跳ね飛ばして恐怖に満ちたトラック運転手はあの後君を轢き逃げし、君は路上に一人で放り出されることとなった。そこで、この惑星を遊覧中だった私たちの母船が、人道的精神に基づき、君を拾い上げた。本来は我々は二億年ぶりにこの惑星を訪れて、二泊三日で帰るつもりだったのだ。熱海で酒呑んで芸者遊びでもしてじゃんけんとかして帰るつもりだったのだ。即死してれば良かったのに。いやなんでもない。詰まるところ、君を救ったのは、一応のところ、我々の科学力であり、なんかビッグブラザー的な? オーバーロード的な? そういう意志が介在したりしているゴツゴウシュギ精神に基づくものであり、宝くじに当たったぐらいの幸運に思っていただければ良い」
「はあ。ありがとうございます」
宇宙人だとかそういうことまで発展すると、理解するしないを通り越して、受け入れるしかない。
「日常生活に支障はない。ただ、その、治療の過程でね。左脳がね、はみ出してしまったことを許して頂きたい。許してくれるね。死ぬよりいいだろうね」
「へぁ?」
少女はあわてて側頭部に手をあてる。すると、痛みはないものの、座布団でも触るようなふわふわ感があった。
「な? な? うなっ!?」
巨大なペグは少女に、薄暗い部屋の隅にある机状の四角い箱を指さす。そこには何やら騒然と紙束やらが積み重なっている。
「手鏡はそこの机の上にあるから。そう、その上にあるメンズノンノどかして」
「なんでつるつるのペグがメンズノンノ読むのよ」
冷静にツッコみながらも、少女は、部屋の机の上まで小走りで駆け、手鏡を覗き込む。
「があああっ!??????」
これは、グロい。グロいぞ。だって、そこには。
剥き出しの、左脳が。
「いやああああっ!!!!」
「心配ない。地球で言うところの、うるしコーティングしてあるから防水だ。輪島塗りと同じ技術だ」
「終わったああああ! わたしの女子高生ライフ!!!!」
お父さんお母さんごめんなさい。美容に気を使う日々は終わってしまいました。お嫁にもたぶん行けません。今後の私の生活は「歩く精神的ブラクラ」みたいな異名あるいは二つ名とともに、後ろ指と中指を指されながら生きて行くに相違ないのです。肌を晒さない宗教のある国にでも行けばいいのでしょうか。新しいばらの匂いのするシャンプー買ったばっかだったのに。てか、シャンプーとか使えるのかこれ。脳シャン? なんだそれ。
私も人並みに女子高生だったりしたので、色々、クラスの男の子に恋とかしていたのです。今までは、彼の前に出る度に髪の乱れを気にしたりしていたのですが、今後はしわの乱れとかを気にするべきなのでしょうか。やっぱ脳にも化粧とか施すべきなのか。ジョンソンエンドジョンソンの乳児用パウダーとかはたけばいいのか。
「ああっ、もうあかんんんん!!!!」
手鏡をぶん投げた。
「ぎゃああああああ!!!!!!」
「乙女の恥じらいとときめきを返せええええ!」
ペグの真ん中の穴に手を突っ込んで、側面と合わせてぎりぎり絞めると、ペグは苦しそうに呻いた。どこがどうなってるのか解らないが、鬱憤を晴らすには充分だ。
「よくも、よくも、よくも、左脳だけ出して治療したなんて言えたものね!!! 何よその中途半端な科学力は!!!!」
「ま、まて、ぎゃあ、そ、それは、り、理由が」
「理由?」
「さ、さっき君のことをウェルニッケと呼んだだろう」
少し、ペグを絞める力を緩める。
「そう、あれ、どういうことよ。私にはちゃんとした名前が……」
「脳は、領域ごとにセグメント構造をなしている器官だということを知っているかね?」
「セグ……ワンセグ?」
「まあ、セグメントの語源は一緒だ。脳と言っても、断片的な器官の集合体ということだよ。だから機能によってパーティションが分割されている。五感や思考を司る前頭葉、視覚を司る後頭葉、運動機能を制御する頭頂葉といった風にね。そして、君が何故ウェルニッケというコードネームかと言うとね。実は我々の科学力を持っても、復元できなかったのが、君のこのウェルニッケ中枢のあたりだった。ウェルニッケ中枢は、言語の認識を担うパーツだから、これが欠けてしまうと、自分で言葉を発することが出来ても、他人の言葉を認識することが出来ない。そこで、僕らは仮に共有することにしたんだ。ウェルニッケ中枢をね。脳がはみ出ているのは、電波放送を受信する時にアンテナを伸ばす必要があるように、君のウェルニッケを僕のウェルニッケに空間を伝播して接続する障害を排除するためだ。つまり、君は、思考することや、言語を発することは独立的に可能だが、受信した言葉の認識領域においてだけは、僕の力を借りないと不可能な存在になっているわけだ」
「まあ、よく解らないけど、あんたがいないと生きられない?」
「文化的な意味では、という条件付きでね」
「なら、殺すのをよしてあげましょう」
「殺る気まんまんだったのか」
少女は、ふう、と天を仰いで溜め息を吐いた。少女は、死んだのだ。ここにある塊は、ウェルニッケと呼ばれた、左脳の飛び出た異形でしかない。
滲む、視界。
「あれ……」
涙は、例え言語中枢が他人のものであっても、関係なく、出るようであった。
ペグは、少女の涙を前に、ただ空気の湿るにまかせて戸惑っている。いっそ、言葉に表出さえしてくれれば、ウェルニッケ中枢を通じて、理解が出来たかもしれなかったのだが。
「え、ええと……心配はいらない……この艦にはまだ仲間がいるから……寂しくは……」
「う……うぅぐ……」
と、その時だった。
船内にスピーカー音声のような残響が響いた。
「警告――前方に、未確認飛行物接近――推定接触時間迄――0.5秒――」
言い終わるやいなや、猛烈な震盪。
「きゃっ!」
「うわっ!」
まるで流氷に座礁したかのように、宇宙船が、大きく揺れる。ウェルニッケは、思わずペグの身体にしがみつき、振り落とされないように堪える。
「――無線回路に――映像メッセージが――1件――映写します――」
そう音声が響くと、ウェルニッケの背後で、ウィイインと電動のモーターが動く音がした。
壁? だって、あそこには、何も――
振り返ると、硬質に思えた薄暗い部屋の片隅が、ぐにょりと歪んで、透き通り始めた。この宇宙船の中では、壁ですら、生きているのだ。
「水晶体モニターだよ」
ペグが呟いた。壁の一面は、すぐに凸レンズのように円鏡と化して、そこにぼんやりと映像の焦点が合わさった。
像を結んだのは、ウェルニッケと同世代頃の歳に見える、一人の少女とその背後に無数に控える、巨大な中指(のような物体)。最前に立つ少女は、ほのかに緑がかった肌色に、前頭部に、二本の触角を生やしている。
「おいおいおいおい!!!!」
少女が、怒気を交えた早口でまくし立てることで、見た目のまま短気だということが解る。
「おいこらペグ野郎どもが!!!」
ウェルニッケの隣でペグが、怯えたような表情を見せて、叫んだ。
「ブローカ様だ!」
「ブローカ?」
恐らくは、その少女の名前であろう。ウェルニッケは、再び水晶体モニターに顔を移した。ブローカと呼ばれた少女が、号叫を続けている。
「お前らから買ったプレステ2がディスク読まないんだよ!!! 正規品でこんなことなるわけねえだろ!!! インチキもん買わせやがって!!!」
背後で、側近と思しき中指の一人が、ブローカに、囁きかけた。のをマイクが拾った。
「お嬢様、それは、ソニータイマーという……」
「そんなもの存在しない!!!!」
ブローカは、社員のような口調で断言した。
「とにかく、今から新品のプレステ2持って取り替えに来い! いいか! 少なくとも片面2層のディスクが動くやつだぞ! こっちは『ローグギャラクシー』でもって検品チェックしてやるからな! 長すぎるダンジョンでストレスが溜まったり、声優が下手くそだったりしたら、金は払ってやらねえぞ!」
「そんな! ひどい! ハードに関係ないし確実じゃないか!」
ペグの悲鳴に近い絶叫がこだまする。
「いいか! あとウイイレ2008のバグも取っておけよ!!!」
そこで通信のビデオメッセージはぷつんと切れた。ブラウン管を消した後のような、シャワシャワという耳障りな音が耳に残る。
「ペグ……今のは……」
「銀河辺境に住むサム星人の船と皇女のブローカ様です……皇女さまはどうにも我が儘で……」
ウェルニッケは組んだ指を顎に当てて暫く思案すると、ぼそりと呟いた。
「そっか……なるほど……そう……これは銀河を股に掛けて闘う戦闘美少女としてのセカンドライフをスタートしろというオーバーマインドの導きなのね……」
「はあ!?」
その時のペグの顔は楳図かずおのように明らかに劇画タッチになって絶句していた。と思う。実際には顔とかなかったけど。
「あの、ウェルニッケ……さん……? サム星は結構強大なので……出来たら……穏便に……」


「駄 目 で す !!!!」


「ひっ!」
「恋も夢も失くした……この時から……私のセカンドライフは……変な企業(むしろ電通)には邪魔させない……」


一方、サム星人の母船。
ブローカは、ネットサーフィンをしたり、某巨大匿名掲示板で厨房に煽られたりしていた。
「そう……オプーナを購入する権利とは……また異なものを貰ったものね……」
と、そこにインターホンの音が鳴り響いた。
「はーい」
ブローカは何気なく宇宙船の、扉を開けた。
するとそこには――






「お前にオプーナを購入する権利をやろう」


「ひいっ!」
ブローカの眼前に表れたオプーナはゆっくりとかぶりものを取ると――中から表れたのはさらに左脳の飛び出た少女だった。
「ぎゃああああああ!!!!!!」
ソニータイマーを認めないカマトトが居ると聞いてやってきました」
「あひいいいいああああ!! 助けて! タスケテ!」
しかし意にも介さずウェルニッケは、全ての恨みを込めて! ブローカの頬に向かって! オプーナの被り物を叩き付けた!
ソニータイマーの痛み思い知れ!」
「うべえぶえ!」
「私は全部壊れた! 私は全部三年で壊れた!」
「ひいっ、許して! 許して!」
絶え間のない打擲! オプーナの被り物で!
「これはベータのぶん!」
「ぎゃあ!」
「これはPSXのぶん!」
「びい!」
「これはRollyのぶん!」
「ぐえええ!!」
それを、指どころか掌まで加えながらむしろ昭和の少女漫画のようにハンケチまで噛みながら、もはやしもべの種族たちであるペグ(ついでにサム星人)たちは、見ていた。
「おっかねえーおっかねえー」
恐ろしき暴力の萌芽。昔年の憎しみが少女の拳(オプーナ)によって昇華した瞬間だった。


ああ、なんたることであろうか。
今ここに、左脳の飛びでた少女ウェルニッケによって、銀河戦争の嚆矢は放たれた。
あまりに突然の出来事に泣き崩れるブローカを尻目に、宇宙船に戻ったウェルニッケは、ついでに実家に寄って、左脳が飛び出たので人間やめます、の旨を報告してきた。両親は、泣き叫びながらも、認めるしかなかった。だって、左脳飛び出てるんだもん。
ウェルニッケは、涙を流しながら、最後にもう一度だけ、家の方を振り返って、呟いた。
「お父さん、お母さん、生んでくれてありがとう……あなたたちに……いつまでも幸せと……オプーナを購入する権利が訪れますように……」
少女は、今、一人の戦士として、覚醒した。そして同時に、オプーナマスターとして。
また、その同時刻。
痛む頬をさすりながら、もう一人の少女、ブローカは涙に暮れながら、ローグギャラクシー(実売価格980円)をプレイしていた。
「……ウェルニッケめ……あんたの名前覚えたからね……覚えてなさい……それにしても……この声優下手ね……」
胸に秘めた思いは、復讐。
左脳のはみ出した少女と、触角の飛び出した少女。彼女たちの従えるペグ軍と中指軍。
これが、辺境の地を舞台に、ソニータイマーをきっかけに始まった一大銀河戦争史、その後100年に及ぶ大戦の、幕開けであった……。

だい1わ 終わり




こんばんわ! ウェルニッケです!
私は脳が飛び出たりしちゃったけど、生物的には元気です!
そして宇宙にもついに円高の波が訪れる!!
次回、左脳はみ出し少女うぇるにっけ! 「公的資金を導入せよ!」
お楽しみに!



 * * *


<注釈>
ええと。四月馬鹿企画のはずが変になりました。
続きませんたぶん。
最初は萌えサイト風になって、ほのぼのラノベ風サイトになるはずだったんです。
「ちゆ12歳」みたいなVNIサイトになるイメージだったんです。
もうなんか途中からなんでもいいやってかなんで四月馬鹿にこんな手間かかってんだって気付きました。
ウェルニッケの立ち絵は「戦時四」さまのフリー素材を加工させていただきました。ありがとうございました。
http://senji4.uijin.com/