水脈源光景

遠くでがやがやと囃し立てる音が聞こえる。
私は川を流れている。
殺戮と腐敗に満ちた悲鳴の向こうに、赤のセロファンを通した荒廃の都市が見えた。
崩れ掛かった建物の陰で、人間は思いの限りに欲望を果たし、摩耗していく。
そんな景色を見る目蓋も塞ぐ事が出来ずに私は手も足も動かせず、ただ川を流れていく。


ゆるやかなカーブに差し掛かった所で、柔らかな肉感と頬を擽る髪のこそばゆさを感じた。
白髪の少年が私を拾い上げていた。少年の痩せぎすな顔は、角度によっては冥土から迷い込んだ老人のようにも、たおやかな少女のようにも見える。少年は何も視ていない眼で私を視た。
長い間泥のような水に漬かりふやけきった私の身体はさぞ醜いだろうと考えると、私はとても少年の顔を正視出来なかった。
すると、その思考を見越したかのように、にこりと笑って、少年がぽそり
「ありがとう」
真白き肌と同じような真珠の歯を覗かせ
「君の魂がここに居てくれて嬉しい」と。
ああ。
その一言で私は救われた。
私の漂蕩は、無駄では無かったのだ――
それと同時に、私は少年の腕の中で首を微かに捻り、朱に染まったままの周囲を視認した。
するとそこには、見渡す限りにいま私を抱えているのと同じ貌をした色素の無い少年が川に流れる醜い塊を拾い上げ、その向こうに構えられたざるの中には、赤くどろどろとした私が幾つも幾つも放り込まれ、汚濁した眼球だけをぎょろつかせ――。