「おかわり」トリビュート

http://d.hatena.ne.jp/llasami/20070414#noteofokawari
id:llasamiさんが自分の小説を書き直してください、という提案をしてらしたので乗ってみた。
 追記 さっき見たら、vancatさんも書いてました。http://d.hatena.ne.jp/vancat/20070416#p1
話の筋が決まっているものを書くということは、作者の筆力だけが試されるということで、文章の良い鍛錬になると思ったのです。で、書いた。


自分のやりたい事をやるのに、筆力が追いついていない。絶望した。あと明らかに途中で疲れた。というより最初に力入れすぎてバランス悪くなった。でも書き直す気力が無い。多分書き直さない。
あとなんかこれを書いた作者を嫌悪したい。なんて自分勝手な主人公なんだ。それでなんでちょっと最後いい人のふりをしてるんだ。むかつく。
一応載せますが、グロ、虐待、エロ、全部あるので不快になるかもしれない方は読まないことを推奨します。


ちょっと長いので「続きを読む」でどうぞ。



 『おかわり』


深海の底から空気の筋だけが何本も立ち昇っているように錯覚させる、そんな暴力的なまでの驟雨である。傘を差してなお私のコートとスーツのズボンは返り雨で冷たく漬され、革靴の底では濡れた靴下がべちょべちょと蛞蝓を踏み潰したような音を立てた。張り付いた布生地の裏側で不快度がどんどん上がっていく。
不快である事を意識するまでも無く不快である。
会社から最寄りの駅まで、徒歩で優に十分は掛かる。この豪雨に、タクシーを使う事も脳裏に過ぎりはしたが、それでもこの徒歩十分という距離に千円近くの金銭を費やす事は、神経に対して微妙な罪悪感を齎すのである。天から降りる幾千の不快に塗れながら私は帰途に付いた。
吹き荒ぶ雨風に飛ばされぬように傘を軽く倒しながら駅前に着くと、傘から覘く視界の片隅に予想だにしなかった異物が映り込んだ。足。それも、まだ小さい、裸足の指である。傘の先を軽く上げると、そこには一人の少女が居た。まだ見た感じ二桁にも満たぬ女児である。
肩先まで伸びる黒髪をなすがままに雨に滴らせた少女は濡れ鼠のように小さく身を強張らせていた。
少女はこの寒空に似付かわしくない一枚の白い薄手のワンピースを着ていたが、泥と雨と血に塗れ、いくつもの穴を穿ち、解れきったその服は、醜怪な一葉の雑巾を首から垂らしているようであった。細く長いしなやかな腕と足には、およそ余計な肉といったものが全く付いて無く、栄養状態の充分でないことは容易に想像出来た。少女が顔を上げると、栗色の大きな眼と視線がぶつかった。
傘を持っていないほうの手を彼女の頬に向かって伸ばす。少女は一瞬びくついたような仕草を見せ、蝸牛のように身体を縮ませた。その仕草に一瞬躊躇したが、白い頬に触れる。恐らく長時間雨風に曝されていただろうその肌は冷たくも、だが私の指圧を柔らかく受け入れた。
「……ぁ」
小さく漏らされた嬌声は、私の所有欲を惹起するに充分だった。
今にもこの命が途切れようとしていることは明々白々だった。ならば、この命の質量を僅かばかり預かる事は、権利として許されている気がした。
「うちに……来る?」
少女は肯定にも否定にも取れる曖昧な首の振り方をしたが、その頃には私はもうこの矮小な存在を懐中に入れる決心を固めていたのである。


家に入ると、とりあえずその冷え切った身体を温めるために入浴させる事にした。
脱衣場で、全身の衣服を脱衣し、何も言わずに少女の両腕に力を加えると、少女もまた理解しているようで、華奢な細腕を頭上に高く掲げた。襤褸切れのような布を捲り上げる。薄く、狭小な胸板が、幽霊のように現れて、その両胸の微かな張りの先端には蕾のような乳首が恥じらいがちに鎮座していた。私は果ての無い倒錯と歪に歪んだ倫理観に、軽い吐き気を覚えた。彎曲した船舶の甲板で世界が沈没するのを待機しているような、そんな居心地の悪さだった。
蛇口を捻ると、シャワーから始め冷たい水が出尽くした後、徐々に温水に変わってくるのを確認した。
「うん……もう大丈夫だ。ほら……汚れを落とさなきゃ……」
「あ……」
そっと少女の枯れ枝のような腕を取り、シャワーから勢い良く飛び出る湯を当てる。
「ひゃ……」
口角の端から笛のような悲鳴が漏れた。
「こそばゆい? ごめんね……でも身体を……洗わなきゃ……」
壁の丸棒に掛かっているタオルを取り、ボディシャンプーのポンプを押し、白くどろどろした半液体をタオル越しに手に押し出す。そのタオルを諸手で丁寧に揉みしだくと、モコモコと無数の泡が蟷螂の産卵のように生まれた。タオルごとその泡を少女の肩に押し当て、上下に動かす。
「うひゃ……あははは」
くすぐったいのか、身を捩らせる。
「こら、じっとしてろ」
「……へへへ」
「自分でやるか?」
「んーん」
少女は堪えきれずにはにかみながら、再び腕を動かすように、私の肘にぶら下がり懇願するのだった。私の心にどす黒い暗雲が立ち込めた。


矮躯の隅から隅まで、隈無く洗ってやった。


全てが終わり、私はぼう、と丸棒に掛かったタオルを凝視していた。
ぽつん、ぽつん、と水滴が落ちる音だけが世界に存在するあらゆる他の音を消し去ってしまったように反響していた。被験者の頭蓋に延々と水滴を点滴し、やがて発狂せしめるという拷問を思い出していた。死のう、と思った。ふと足下を見下ろした。私の腿にしがみつきながら、少女もまた、じいっとタオルを凝視していた。


同棲している女が帰って来たのは深夜一時を回ったころだった。
家に入ってくるなり、ワンルームの奥でテレビを見ている私の膝に睡臥している物体を見て彼女は言った。
「どうしたの、その子」
「拾った」
「そっか」
彼女は靴を脱ぐと、もう一度繰り返した。
「そっか」
テレビの中では、無駄にテンションだけ高く、何一つ有益な事を述べないコメディアンが聞きたくもない性的体験について矢継ぎ早に喋り倒していた。これが私では全ての憂鬱を集めてもこんなに多く喋る事はできまい。何処かで水増ししているのだと思った。


日々の暮らしの中で、少女と女は直ぐに仲良くなったようだった。夕飯の支度を二人でしている時も、女が何かを少女の耳元に囁きかける。すると、少女はこそばゆそうにしながら、酷く嬉しそうに笑うのだった。
「何を話しているんだい?」
と訊くと、
「ないしょー。ねー」
「しょー」
と交わすのだった。
少女は少しずつであるが人語を解するようになっていた。女は少女の良き母であり、姉であり、教師であった。だが全ての授業において、私は別室に隔離されているのだった。夜になれば私たち三人は二つの布団の上に、川の字になって寝ころんだ。真上から見て右側に私、左側に女、それに挟まれるようにして少女が身を窄めているのだった。もう三ヶ月余り、私と女はセックスをしていなかった。
少女の身体は成長期にあるらしく、数ヶ月で背丈は一目で見て取れるほどに成長した。それに連れて、かつてそこには見出す事の出来なかった雌の馨香という物を発するようになったのだった。テレビを見ている私の膝の上に鎮座する時にも、少女の髪からはシャンプー以外の何か芳しい匂いが鼻腔を擽った。
女は何故か苛々する事が多くなった。


ある夜私が家に帰って来ると、女が少女に馬乗りになって首を絞めている所だった。
「かぁ……ぁ……」
少女は息も絶え絶えに口全体から唾液を垂らしながら、悲痛な喘鳴を漏らしている。女の喉からも、毛羽だった吃音がいくつもいくつも憎しみを叩いていた。女は髪を振り乱し、目を血走らせ、喉を潰してなお不器用に唄う金糸雀のように、醜態を晒していた。少女の眼が絶望に見開かれたまま、こちらの方に向かれた。
「お……は……よう……」
「ああ、お早う」
少女の権利が主張されるのと同様に、女の権利も主張されなければならない。私は揉み合っている二人の脇を通過しクローゼットの前に移動すると、スーツの上着を脱ぎ、ゆっくりとハンガーに架けた。視線を中空に置いたまま、指示文を使う事も無く(また、その必要も無かった)女に問いかける。
「君はそれで良いんだね?」
「……」
女は、頭の片隅で何処か逡巡したような間を置きつつも、それでも少女の首を絞める手の力を緩める事は無かった。
「お……といれ……」
そう小さく発したきり少女は動かなくなり、真っ赤な顔は段々と蒼白に染め換えられていった。私の膝の上でくりくりと頭を動かしていた少女は最早、一塊の小さい女の屍体に過ぎなかった。大きい女は、自分の招いた事態の大きさに今更気付いたのか、白痴のように呆然としていた。
「ふう」
ネクタイを弛め、息をつきながら、そっと彼女の後ろから近づく。女の権利が主張されるのと同様に、小さい女だった者の権利も主張されるべきだ。
「君は、あの子に一人の女性としての権利を与えた。つまり、君と彼女は、既にして平等になった訳だ」
そっと、真後ろから大きい女の首に手をかける。
「平等。自分でそう決めたんだろ?」
命を失う刹那、振り向かれた大きい女の眼窩から、涙が零れ落ちた。三年の時を共に過ごした女の死ではあったが、既に私には何の感慨も沸いてこなかった。


アパートの花壇に二人の女を植えることにした。
赤いサルビアの花が秩序立って並んでいる花壇の隙間である。
二人の身体は大きすぎるので、いくつかに分解して植えることにした。
折り重ねるようにしてから土を被せ、両腕から先だけを地表に出す。大きい五指と五指、小さい五指と五指、それが二組、不細工な花のように咲いている。
春になれば新しい実を付けるのだろう。楽しみだ。