文具刃幻燈

誰も居ない校舎に真闇の帳が降りるころ、後ろ手に教壇に縛り付けられた私の吐息と、縄を緩ませんと奮闘する掠れた衣音と、滴り落ちる汗と、脅迫者の射るような視線だけが木霊していた。その少年は私に乱暴するでもなく、欲情するでもなく、ただ幽かな笑みと、氷を砕くような視線でじっと傍観していた。
「なんでっ……なんでこんな事するのっ……放しなさいっ……!」
「なんでって……? 純粋な、好意だよ。ただ、僕が君に望んでいる物は、心の内部を共有する事でも、休日の一部を譲渡してクレープを分け合う事でも、ましてや肉欲なんかでも無い」
ぞっとするほどの酷薄さを掲げた真白き少年は、私の顎を持ち上げて何かを近づけた。華奢な掌で握り込んだ細長い刃物に、黒鈍い私の顔が反射している。それは、ただ一枚、太いカッターナイフの替え刃だった。
「命の奪い合いさ」
その言葉を聞いた瞬間、私の精神は昂ぶり、絶頂に達した。
「さあ、」
そう言うと、少年は剥き出しのカッターナイフの刃をくるりと持ち替え、私が拭うことも出来ずにだらだらと唾液を流している口峡に咥えさせた。
「その口で、僕と口吻をするんだ」
彼が蝋人形のように整った顔を私に近づけると、ずぶずぶと、二人の喉は、一本の刃で紡がれた。