心が実に弱いこと心弱実

黒い何かもやもやしたものに
追い詰められて 断崖絶壁の鍔際で
生きてるのって何だっけ
みたいな。 そのきろく。


つづきをよむ
むよきづつを
よづきをむつ



その左手の薬指が第一関節のあたりで逆に折れ曲がって黒い指はべとべとと脂ぎっていてきらいだった。
いっそ骨になってしまえばいい。


私は、肉が、付いてる息が嫌いです。蠕動して、呼気に混じって空に昇って、汗とか、ごみとか、埃とかいらないものが悪い物を食べたみたいに気持ち悪くなる。


あなたは人を創る時に、何を触ったのですか?
私の知っていない何かの暗号を奏でるモールス信号のように、
羨ましい未来の切れ端でも持ってはいませんか? 私はその気紛れでも燃やしてしまいたい。
これ以上の未来を見ることは、怖いです。


夏。
知らない内にジーンズに出来た濃紺の染みがじわじわと海になってそこで溺れていた。
だから、石鹸になることにしました。ふと脳内から顕現した朱髪に紫根の振袖を纏った少女が塊になったみたいな竹槍を左頬から刺して右頬までは貫通させないので、穴の先っぽから
「あなたが「爪先の孤独」を唄うのならば
遠い遠いアラブの国で二十人の人が死にます。
エジプトで三十人の女が強姦されます。
イスタンブールで四万十五人がコモドオオトカゲと闘う事になるのです。 その覚悟はおありですか?」
「それでも私は、片手が無いのでした。だから私はあなたを殺してから愛する事にします。」


その時、彼女の薄くなった着物の内側からすりゅりと石鹸が溢れ落ちました。
あっと思う間もなく、その蛋白質だったかさえ定かでない脂肪を受け掬い上げるという一抹の希望を持って少女は指先を素早く絡めようとしたのですが、どろりと、紙粘土を合わせるように彼女の手は皸割れ、ぼきりと折れたその先から粉になって粉塵に帰し、風がさらさらと少女の細指を拡散させていきます。
少女は、こう言いました。
「さらさらららと消える症状は指からで良かった」
「何故ですか」
「最後まで考えて、考えて、考えた末に人生で一番有用なタイミングで世界を壊す言葉を投げる事が出来ます」
そして、一息を置いて
「きらい」
それを言い終えた直後、少女は物理的に死んだ。脳も言葉を投げる口も無事だったが、心臓が砂になってしまったのだ。砂になって死んだ少女の死に顔の肌は、黄色いファンデーションをはたいた陶器のように美しかった。それでも、しゃらしゃらと実体もなく揺蕩う少女の二分の一もこんな感じで笑うのだなと思った。
少女の声が脳裏に直接響いた。


「孤独を唄う石鹸さん聞いてくださる?
私にはもう綺麗な唄は唄えません。駄目になってしまったのはあなたの方、だったのかもしれませんね」


「待って。 待って、行かないで。私、怖い、怖いんです。愛される前に、殺されてしまったら、私は人に嫌われたまま。世界で一番恐ろしい地獄の業火に焼かれながら孤独は訪れるのです。だから、あなたがもう何も唄えなくても、きっと私でいます。」



憐れ 軽石 脂草
諌め 賢しげ 夏砂は
微痾も 悲哀も 染め上げて
暗く水黴苔生す隘路の奥に消えて行く


それから八つの季節が入れ替わった後、
大きな建物の中でピンク色の女性用水着を着た幾人もの研究者は
私の頭に差さったドライバーを掻き回しながらじくじくと顔を近づけてこう呟くのでした。


「感じることもできないし、もう何かを唄うこともできない」


「だめになってしまったねえ」