脆性破壊

暗がりの中でぼそぼそと動き廻る血液は、頸を吊られた家鴨のようにびくびく身を捩らせて、這い上がってくる蟲を捕らえる造花のように咲いていた。
生まれてから小さな匣の中でこころを切り離す訓練ばかりしていた。
そのせいで、僕がいま君のこころから遠くに来てしまったのなら、こころさえも無ければよかったのにと思う。
ここにあるのは、穢らわしく、理から外れた、訳のわからない生き物だ。
大切なものを自分の手で弄くり回して、毀して、何故もう動かないのか解らずにじっと見つめている悍しい純真だ。
病むという言葉が常態からの逸脱ならば世界にもう価値など無くなってしまった。
僕は気紛れに悪意の桁縁を巡回する看守が出来るだけ小さな罪で断罪してくれるように願って瞼に釘を打つ。こおん、こおんという痛みの度に、眼球が押し込まれ、固定され、皸入り、視界が狭くなって行く。
薄く手を伸ばし、生き物のように侵食して来る君の舌が僕の脳に届いたのが解る。
「哀しくなるな。」と語るギフレスツの声がまだ理解出来ない。いや、神経の、先々に至る何本かの枝葉では何もかもを理解しているのだ。ただ微細な陵辱で、僕の体勢知覚野、視床は暴走し、場所も、温度も、湿度も、感覚も宙を揺蕩ったまま着陸しなくなってしまっていた。
沸点を超えた感性が、夜の果てを愁い飛び立つと、僕の視覚にはさっきよりずっと大きくなった月輪が及んで、すっと消えてもうそれきり何も映さなくなった。