第十二回萌理賞・小説部門投稿作品 -『サロメの恋人』

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お久しぶりの萌理賞に投稿しました。443字。
しろうとさんがなぜかプッチンプリンに拘っているのが可笑しい。

サロメの恋人』


彼女は、名前と身体に夏を持っていた。
一年の内に、夏だけ存在した。
文字通り、きっかり四分の一だけ。
僕は臨海学校の授業を抜け出して、波飛沫の打ち寄せる岩場に夏を連れて来る。
クーラーボックスの蓋は開いている。僕は泳ぐ夏を見ていた。
彼女の身体は、首の少し下からが海に溶けて、波が来る度に濃さがゆらゆらと変わる。
りん、と無人の海の家から濁った水晶のような風鈴の音がした。
泳ぎ疲れたのか、夏が岩場に戻ってくる。
「泳いだ?」
彼女の頬にそっと手を差し伸べる。
「……うん」
夏は俯き頬を染める。
「えっちいことできなくてごめんね」
「いらない」
「ちゃんと身体のある人と付き合ってもい……あっ」
不安げに呟く夏の口を唇で塞いだ。一回のキスで、何年分もの味を感じるように深く。
やがて顔を離すと、ゆっくりと眼を開いた彼女に囁いた。
「他の誰の4倍よりずっと、夏の事が好きだ」
海中に浸した指が、するりと逃げるように掻き回された。
夏を抱き締めることはできない。
それでも、彼女はそこにいて、僕は確かな季節を感じているのだった。