伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』(ネタバレあり)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

伊坂幸太郎のデビュー作。
私個人としても伊坂幸太郎作品に初めて触れた。

軽妙洒脱な語り口は、中々テンポが良く、頁を先に繰る手を速くする。

だが軽い。さらりと流れすぎている。


以下ネタバレを含むため、未読の方は読まないことをお薦めします





以下「オーデュボンの祈り」のネタバレ感想


本格ミステリの魅力とは、このジャンルが屡々「パズラー」とも表されるように、
「パズルのピース」が全て嵌る快感、体内をドーパミン、βエンドルフィンが駆け巡る快感に尽きると思う。


だが、私はこの作品を読了して、清爽な気持ちよりも、二三の「使われないピース」が残った
居たたまれなさに襲われてしまった。卑近な例えだが、残尿感に近い。


まず異を唱えたいのが、喋る案山子の優午が島の異邦人、曽根山を殺害した手段だ。


一人にブロックを運ばせ、一人にブロックを持たせ、一人に罠を作らせ、一人にライトを点灯させ、
それに驚いた曽根山が罠に嵌って田中がブロックを落とす。


本人の死後、ここまで精密な時限装置を仕掛ける。思わず、


……そこまで計算通りに行くわけねえだろ!!


と叫びたくなってしまった。


そして、結果的に優午はその未来を「指示」し誘導した。
そうなると、作中で繰り返し語られた優午の
「未来を見通すことが出来てもそれを変えられることの出来ない苦しみ」に説得力がない。
結果、作品の重さも上滑りしてしまったのではないか?


また、もう一つ不満だったのが、それまでに作中で絶対的な強大さ、極悪さを誇張されてきた悪役が、
終盤の数頁であまりに呆気なくフェイドアウトしてしまうことだ。
個人的にはせめてもう少し早く島に到着してもらって、駆け引きを重ねてもらって、
輻輳する人間の行動、感情の機微といったものを味わいたかった。


と、それなりに不満点もあるのだが、オリジナリティ溢れる文体からは、
著者が唯一無二の才能を持っているということは理解できた。
設定、キャラも面白い。軽妙な語り口も若者に受けそうだ。ファンが居るのは非常に納得できる。


だから、それなりに本格ミステリを読み、完全な爽快感を求める
私の肌にはこの作品は合わなかったということなのだろう。
また、私はこの作品でもう伊坂幸太郎という作家を見限った訳ではなく、むしろ
新しい才能を認識できたという喜びがあるので、また別作品を読むこともあるかもしれない。
その時が楽しみである。


あと、「桜」というキャラは西尾維新の小説に出て来そうだな、と漠然と思った。