もうとっくに始まっている認知戦について――250719

雑記です。


今の社会は、色々ある対立軸の中で、「知性vs反知性」の対立という側面が一番強いように感じている。

そして、正直優勢なのは反知性のようにも感じてしまう。

これが僕には大変居心地が悪い。

CTスキャンの画像を元に余命宣告する医者よりも、「このサプリを飲めばガンが消える!」と断言するニセ医療の方が「私たちの不安に寄り添ってくれる!」と支持されるような構図が、あちらこちらで繰り広げられているように思う。

 

要因はいくつもあるだろう。

まず、社会が複雑化しすぎている。

コンビニバイトであったりしても覚えることが死ぬほどあって、現代人が生きていく上で要求される知識の水準が極端に肥大化している。

 

SNSによって、身の回りに情報が氾濫しすぎているのも要因の一つだ。

他の人の人生とか余計なものが見えすぎて、ルサンチマンや瞬間的な感情が無限に増幅させられる。

しかも、AI技術まで発展してきて、ただでさえ情報まみれの世の中にAIが作った文章・イラストが混じるようになり、何が正しい情報なのか判別するのがいっそう困難になった。

 

他の国が、社会の混乱を狙って情報工作、いわゆる認知戦を仕掛けてきている、という話もある。

個人的には、そのぐらいのことは当然やられてるんだろうなと思っている。

 

始まってますよ。とっくに。

気づくのが遅すぎた。柘植がこの国に帰ってくる前。

いや、そのはるか以前から戦争は始まっていたんだ。

機動警察パトレイバー 2 the Movie 後藤隊長

 

これらの影響を受けた人の悲鳴が、反知性となって社会に浮かび上がっているのではないかと分析している。

YouTubeとかで何かを「断言」する人が支持されているのも同じ理屈なんだろうな。

強い言葉を聞いていれば、考えなくて済むから。

強い言葉で自分たちとそれ以外の人間を切断処理できるから。

 

だけど、反知性が政治にまで入り込んだ時、社会がどうなるか、なんてのは歴史を見れば明らかだ。

 

中国では、特に根拠なくスズメを駆除したせいで害虫が増えまくって膨大な餓死者が出た(大躍進政策)。

ソ連では、遺伝学を否定したせいで作物が育たなくなって大量の餓死者が出た(ルイセンコ農法)。

カンボジアではポル・ポトが知識人を片っ端から大量に虐殺した。

 

反知性と政治が結びつくと、たくさんの人が死ぬ。

 

しかし、それらのことを声高に叫んでも、とにかくインテリ層の言うことはすべて憎い、ということにまたなるらしい。

 

……と、まあ、人間の知性を信じたい者にとってはなかなか憂鬱な状況ではあるのだけれど、そんな中で自分に何ができるかはしっかり考えたい。

 

ユーモアは一つの武器だなあと思う。

幸いにも僕はクリエイターとして色々表現する能力を持っているので、落ち込んだりしながらも、試行錯誤していきたい。

 

何にせよ、社会が良い方向に進めばいいなあと思います。

 

明日は選挙です。