『第9地区』――映画的快楽の遺伝子はここに受け継がれた。

http://d-9.gaga.ne.jp/

ニール・ブロムカンプという新人監督の長編デビュー映画。
舞台である南アフリカ共和国と言えば、黒人を隔離するアパルトヘイト(人種隔離政策)を行っていたことで有名な国ですが、もしそこに小汚く迷惑をかけまくる宇宙人の難民がやってきていたとしたら……? 人類は、「宇宙人の隔離政策」を始めたのだ!
という擬史に基づいて展開されるハチャメチャSFアクション映画です。


ですが、ここはまず、この映画の制作指揮を取ったピーター・ジャクソン監督についての話をしましょう(個人的趣味です)。
ちょっとした映画ファンならば、このピーター・ジャクソン監督(略、「PJ」や「ピージャク」)の名前を知っているのではないでしょうか。
それはアカデミー賞史上最多の栄冠を勝ち取った歴史的大作『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の監督としてでしょうか? いえいえ、それもありますが、もう少しディープな映画ファンにとっては『ブレインデッド』、あるいは『バッド・テイスト』などの監督としてです。


ピーター・ジャクソンという監督の歴史は、自主制作映画から始まります。

その自主映画第一作『バッド・テイスト』(人肉を食べるのが趣味な宇宙人が地球にやってくる荒唐無稽なSF映画)はB級どころかC級もいいような映画ですが、遠慮のないぐちゃぐちゃスプラッタ、ゲロを廻し飲みするような悪趣味さ、そして何より設定とか細かい事を排除したスピードと爽快感は、やけに映画的バイタリティに溢れていたため、メジャーの世界でも注目されるようになります。
そして生まれたのがゾンビ映画の最極北、『ブレインデッド』です。

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バッド・テイスト』の血糊やテンションやバカさをそのままパワーアップさせたこの映画、全編を通してもうスプラッタでグロでくだらなくてどう考えても普通の人に薦めたら縁を切られるレベルの映画なんですが、困ったことに、最後まで観られる人にとっては
死 ぬ ほ ど 面白いんだ!!!
イヤッホーーーーーーウ パーリィーーー イズ オーーーーバーーーーー!!!
と、この映画が傑作でしょうがないため、カルト映画ファンを中心に、伝説的作品としていまだに君臨し続けている作品『ブレインデッド』と、それを撮った監督な訳なんです。一部の人にとってピージャクとは。
Nitro+の作品でちょくちょくネタにされたり、propellerの人気シナリオライターである東出祐一郎さんをもって、「PJの『ブレインデッド』を見ていただければ、ああそういう人間なんだなと大体理解いただける」と語らせるほどですからね!*1


と、そんなふうに、いくらアカデミー賞の世界的監督になろうが、僕たちにとってピージャクとは、いや僕らのピージャクとは『ブレインデッド』のピージャクだった。『バッド・テイスト』で、監督しながらも自分で役者までこなしてノリノリスプラッタで脳味噌を詰め替えたりするあのピージャクの雄志を僕たちは忘れていなかった。
でも、もうピージャクはアカデミー賞11冠の大監督。たくさんの人が観に来る映画を作る世界的監督、興行的失敗や冒険の許されない監督になってしまった。



上・世界的監督になってしまった「ピーター・ジャクソンさん」

下・ノリノリで宇宙人をぶっ殺しに向かう「ぼくらのピージャク」



だから、ピージャクは託したんだ。
何一つ恐れずに、無茶な発想一つで映画を撮ることができる若者に映画魂を。


それが、今回監督したニール・ブロムカンプであり、主演したシャルト・コプリーという、無名の若者たちだったのです。
もともとはこの『第9地区』、ゲームである『HALO』の映画化がポシャって、仕方がないのでブロムカンプの過去作をリメイクした企画らしく、それを含むブロムカンプの過去作の短編フィルム群はYoutubeで見ることが出来ます。

これらを見ると、なるほど、ニール・ブロムカンプという監督は、最先端の機械と、汚らしい都市光景を混ぜた一種独特の世界観を持った監督であるように伺えます。
でも、このパイロットフィルムのまま『第9地区』を長編にしてもピージャクが絡まなかったら、「カッコいい」だけの映画で終わっていたように思います。


つまり、ここに来て何が言いたいかと言うと、『第9地区』は、ピージャクの「映画的」快楽&ユーモアと、ブロムカンプの「未来的」カッコ良さ&世界観が奇跡的に調和した作品だったと言うことです。
後半のスピード感や「命の粗末にされ方(笑)」、ハッタリまみれの機械的ガジェットには昔のピージャクを待ち望んでいたファンも、きっと快哉を上げることでしょう。メカメカしいものとか宇宙船とかが大好きなSFファンも。
先に述べたように、「南アフリカアパルトヘイトをテーマにして人間の差別意識を抉り出す」のように、読もうとすれば物語を深読みすることもできます。しかし、個人的にはあまりそう鯱張って観る映画ではないと思います。(逆に言えばピージャクの映画であんま設定の細かいとこ気にすんな!)
基本は、無名の役者、低予算で作られたB級映画
でも、ピージャクの遺伝子の入ったB級映画ほど楽しいものはないよね!
と思って油断しているとラストで泣いてしまうとかこれは何だ。
ああそうか名作か。
この唯一無二のオリジナリティ、そして映画の魂が受け継がれる瞬間、是非劇場で確かめてみてください。
ちなみに、ピージャクの遺伝子が入っているため、体感には個人差があり、またデート映画や家族映画には決してお薦めしないことだけ付け加えておきます(笑)