精神が不安定

「新しい名前の具合はどう?」
と尋ねると彼女はぎちぎちと腕の関節を回して4本にした。
「名前など一度附いてしまえばあなたのものじゃないの。認識は偏在し、新しい枝葉は陽光を求め貪婪に意識を拡張していく。それ自体ならともかく、主体にはもう意味はないわ。それよりも、」
「同じことしかしてないのね、あなた」
僕の足はぬかに漬かっていた。ぬかには糞尿が混ざっており、尾籠な蒸気が鼻腔粘膜を刺す。
「僕はずっとここにいる。不安なんだ。脳が固まって、焼菓子になる」
彼女は満天の流星を見上げ、すっと指を掲げた。
「愛されることよりも早く惑星は流れて行くわ」


「ドンドンドン♪ 【鈍器】♪ 鈍器法廷♪」
量販店のテーマソングが脳裏に流れ、僕はまた少し情緒が揺らぐ。
「凡庸だ。実に凡庸だ」
少し離れた所で会話を窃聞していた黒いトレンチコートの男が投げ捨てた煙草を靴裏で揉み消すと吐き捨てるように去っていった。