ヤンデレ好きのための坂口安吾入門

唐突ですが、今年はヤンデレの年だそうです。

sixtysevenの日記 - やはり今年はヤンデレか


たまごまごごはん - 「ヤンデレ」を楽しむためのいろいろな視点。

成程、今年流行っている作品を見ても、ヤンデレヒロインは枚挙に暇がありません。
漫画「未来日記」ではヒロインにストーキング殺戮少女が置かれ、ひぐらしのなく頃には鉈を持った少女が「偽なり!」(意訳)とのたまい、アニメ的エロゲをアニメ化した某スクイズにおいては鮮血の結末(のこぎりプシュー、或いは屋上からうふふぐしゃ)を誰しもが期待してたりしています。


ヤンデレヒロインの跋扈。これは神話に起源を見る事が出来るように、最近に始まった事ではありません。
実は、日本文学にもそんなヤンデレが好きな方に是非読んで欲しい、私の好きな作家がいます。
坂口安吾という作家です。
彼は無頼派の作家の一人として、エッセイ『堕落論』小説『白痴』などの作品が有名ですが、今になってよく考えると、非常に多くヤンデレヒロインを産み出した作家でもあります。


そこで安吾の作品の中で、ヤンデレの観点から見て非常に美味な作品を3つ、ランキングで紹介したいと思います。
幸い坂口安吾の作品は一昨年から青空文庫で読めるようになったので、ネタバレがどうしても大嫌いな方は本文の前に付属のURLで作品を読んでおいても悪くないかもしれません。

第三位 『禅僧』

http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42978_21265.html
メインヒロイン:お綱
ヤンデレ度:★★★(最大5)


お綱はとある山奥の村に住む農婦です。このお綱、かなりの色好きで、村に訪れる旅人を捕まえては色目を遣うような真似を繰り返していました。
そんなお綱に惚れている禅僧が居たのですが、お綱に目を付けられた旅人が、山路をたどろたどろ歩いていると、何故か後ろから禅僧が付いて来ます。
すると、崖の下に来た時に、突然巨大な石が落下してきます。
危機一髪とばかりに紙一重で避ける旅人。
上からは何かガサガサとくさむらを掻きわけて逃げて行く気配がします。
そこに駆けつけた禅僧いわく「あの女の仕業です」と。

「あいつは貴方に気があるのです。いいえ、貴方に限らず、初めて会った男には誰にしろ色目をつかい、からかいたい気持を懐かずにいられぬのです。恐らくあいつは今朝早くからあの岩角へまたがり、石をだきながら貴方の通るのを待ちかまえていたのでしょう。楽しい気持ちでいっぱいで、その石が貴方に当って怪我をさせたらどうしよう、ということはてんで頭になかったに違いないのです。二年前のことですが、やっぱりこういう山径を好きな男と肩を並べて歩いているうちに、突然男を谷底へ突き落したことがあるのです。幸い男は松の枝にひっかかって谷へ落ちこむことだけはまぬがれましたが、松の枝にぶらさがって男が必死にもがいていると、あいつは径に腹這いになって首をのばし男の様子をキラキラ光る眼差しで視凝めながら、悦楽の亢奮(こうふん)のために息をはずませていたという話があるのですよ<後略>」

なんたる愛情表現。その他にも多々のヤミっぷりが語られます。
しかし、お綱の場合、デレというより、「相手は誰でもいい」という事などから、ただ男を玩弄する事に快楽を感じている女性という印象の方が強く持たれますし、苦笑いする旅人らの反応から見ても、そこまでの美しさを伴わないようです。た、ただの嫌な女?
ヤンデレヒロインという観点で見ると、星三つと言わざるを得ないでしょう。

第二位 「桜の森の満開の下

http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42618_21410.html
メインヒロイン:女房
ヤンデレ度:★★★★


これは安吾の代表作、或いは最高傑作とも言われる作品です。


鈴鹿の山の中に、強盗と殺人を繰り返す一人の山賊が居ました。
ある日、この山賊は、街道を歩く夫婦のうち亭主だけを殺し、その女房を八人目の自分の女房にする事にします。
女があまりに美しかったからです。
ところが、この女房、酷いワガママでした。
最初、家に連れて帰るのにさえ、自分で歩きたくない、おぶってくれ――。
「もう無理、自分で歩いて」と悲鳴をあげる山賊になおも「走れ」とムチャな注文をしたり、やっと家に着くなり、既に居た七人の女房を「殺して」と命令したりします。
なんかいきなり主導権を握られてるあたり笑えます。この辺鬼嫁日記ですか。
そして、女房は「山でなんか暮らしてられるか。都行く」と無理矢理都に引っ越させるのですが、そこで退屈しのぎに始めた行為が異常でした。


この作品中で恐らく最も強烈な「首遊び」のシーンです。
山賊に人を殺させ、持って帰らせたその首で人形ごっこをして遊ぶのです。
姫君の首と大納言の首が恋に落ちたり、坊主の首を役人の首に処刑させたり。
それに飽きるとまた違う首を取ってきて、と山賊に命令します。
飽きるまでは、首が腐ろうが、皮が剥がれようが、骨になろうが、おかまいありません。

二人の首は酒もりをして恋にたわぶれ、歯の骨と歯の骨と噛み合ってカチカチ鳴り、くさった肉がペチャペチャくっつき合い鼻もつぶれ目の玉もくりぬけていました。
 ペチャペチャとくッつき二人の顔の形がくずれるたびに女は大喜びで、けたたましく笑いさざめきました。
「ほれ、ホッペタを食べてやりなさい。ああおいしい。姫君の喉もたべてやりましょう。ハイ、目の玉もかじりましょう。すすってやりましょうね。ハイ、ペロペロ。アラ、おいしいね。もう、たまらないのよ、ねえ、ほら、ウンとかじりついてやれ」
 女はカラカラ笑います。綺麗(きれい)な澄んだ笑い声です。薄い陶器が鳴るような爽やかな声でした。

アァ、もう、堪らん、よだれズビッ! (単なるグロ好き?)
ヤミながらも上品な美しさを携えてるのがたまりません。しかもこちらはこの後、ちゃんとデレます。

「でも、私がいるじゃないか。お前は私が嫌いになったのかえ。私はお前のいない留守はお前のことばかり考えていたのだよ」
 女の目に涙の滴(しずく)が宿りました。女の目に涙の宿ったのは始めてのことでした。女の顔にはもはや怒りは消えていました。つれなさを恨(うら)む切なさのみが溢(あふ)れていました。
「だってお前は都でなきゃ住むことができないのだろう。俺は山でなきゃ住んでいられないのだ」
「私はお前と一緒でなきゃ生きていられないのだよ。私の思いがお前には分らないのかねえ」
<中略>
 女の目は涙にぬれていました。男の胸に顔を押しあてて熱い涙をながしました。涙の熱さは男の胸にしみました。
 たしかに、女は男なしでは生きられなくなっていました。新しい首は女のいのちでした。そしてその首を女のためにもたらす者は彼の外にはなかったからです。彼は女の一部でした。女はそれを放すわけにいきません。男のノスタルジイがみたされたとき、再び都へつれもどす確信が女にはあるのでした。

デレ部。しかし個人的に、このデレは利己的な一面を孕むデレ(首を持ってきてくれるから離れたくない)であり、若干ヤミとデレの乖離が見られる(ヤミとデレが密接に関わり合っていない)ため、そこまでグッと来はしませんでした。
いや、まあそれはヤンデレ萌えの観点で見た話だけで、作品自体は最高傑作と呼ばれるのに相応しい作品なので読んだことない人は普通に読んでくださいね。ラストシーンの情景の美しさには、思わず息を呑まされます。
さあ、それでは第一位です。

第一位 「夜長姫と耳男」

http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42614_21838.html
メインヒロイン:夜長姫
サブヒロイン:エナコ
ヤンデレ度:★★★★★(+★★★)


これはもう、文体も平易(童話的です)で、ストーリー展開も解り易いので、文学に慣れていなくても全ヤンデレ好きの方は必読してください。
しかもこの作品、もう一人のヒロインにエナコという機織りの娘も出てきて、この子もかなりヤミがキています。
鉈でいきなりザバリと言えばよろしいか!
一粒で二味、ヤンデレ要素的に美味しい作品と言えるでしょう。
しかし、この夜長姫の狂い方があまりにも強烈で純粋なため、どうしてもエナコの印象が薄くなってしまうのは否めません。


とにかく、夜長姫がヤバいのです。
萌えで呼吸困難になります。


ストーリーは、「夜長の長者」と呼ばれる長者が一人娘「夜長姫」のために各国から三人の彫物師を呼び、夜長姫が拝む菩薩像を三人で競い合って彫ることになります。期間は三年。優勝者には褒美と、美しい機織りの娘エナコが嫁に与えられる……。わ、バトル物みたい。
主人公はヒダ国から来た、馬のように巨大な耳を持つ「耳男(みみお)」と呼ばれる若い彫物師です。
紆余曲折あって(ここでナタとか出てくるよ!)夜長姫を恨むようになった耳男は、三年掛けて、菩薩像ではなく、恨みを込めた怪物の像を造ることに決めます。皮肉で。
恨みを忘れないために、山で捕まえた蛇の身体を裂き、天井に死体を吊るし、像に生き血を染み込ませ……。
そして三年後。
耳男の仕事小屋を訪れた十六歳の夜長姫。その身体はすっかり大人の物になっていましたが、顔だけは無邪気な澄み切った童女のままでした。夜長姫は天井から下がる無数の蛇の死体を見て大喜びします。

「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」
 ヒメは全てを見終ると満足して呟いたが、
「でも、もう、燃してしまうがよい」
 侍女に枯れ柴をつませて火をかけさせた。小屋が煙につつまれ、一時にどッと燃えあがるのを見とどけると、ヒメはオレに云った。
「珍しいミロクの像をありがとう。他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。ゴホービをあげたいから、着物をきかえておいで」

うわああああ もう怖さが滲んでるよおおおお
萌ええええええ


そして、殺されるとばかり思っていたものの、姫にいたく気に入られた耳男は姫の像を彫ることになります。
この辺りの描写にも大変狂気が滲み出ていてよいです。
その頃、村には疫病が流行りはじめます。すると、夜長姫は庭にある高殿から毎日村を眺めて、
「今日も死んだ人があるのよ」
と、ニコニコと嬉しそうに耳男に話しかけてきます。
一点の翳りもなく、無邪気な童女のような笑顔で。
夜長姫はただ、人が死ぬのが、楽しくて楽しくて仕方ないのです。


ここから全開 もう夜長姫ヤンデレモード 全開です

「袋の中の蛇を一匹ずつ生き裂きにして血をしぼってちょうだい。お前はその血をしぼって、どうしたの?」
「オレはチョコにうけて飲みましたよ」
「十匹も、二十匹も?」
「一度にそうは飲めませんが、飲みたくなけりゃそのへんへぶッかけるだけのことですよ」
「そして裂き殺した蛇を天井に吊るしたのね」
「そうですよ」
「お前がしたと同じことをしてちょうだい。生き血だけは私が飲みます。早くよ」
 ヒメの命令には従う以外に手のないオレであった。オレは生き血をうけるチョコや、蛇を天井へ吊るすための道具を運びあげて、袋の蛇を一匹ずつ裂いて生き血をしぼり、順に天井へ吊るした。
 オレはまさかと思っていたが、ヒメはたじろぐ色もなく、ニッコリと無邪気に笑って、生き血を一息にのみほした。それを見るまではさほどのこととは思わなかったが、その時からはあまりの怖ろしさに、蛇をさく馴れた手までが狂いがちであった。

「ほら。お婆さんの死体を片づけに、ホコラの前に人が集っているわ。あんなに、たくさんの人が」
 ヒメの笑顔はかがやきを増した。
「ホーソーの時は、いつもせいぜい二三人の人がションボリ死体を運んでいたのに、今度は人々がまだ生き生きとしているのね。私の目に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」
 オレは冷水をあびせかけられたように、すくんで動けなくなってしまった。ヒメの声はすきとおるように静かで無邪気であったから、尚のこと、この上もなく怖ろしいものに思われた。ヒメが蛇の生き血をのみ、蛇の死体を高楼に吊るしているのは、村の人々がみんな死ぬことを祈っているのだ。

「すばらしい!」
 ヒメは指して云った。
「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなくなったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」
 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきやしないかと期待しているのかも知れなかった。
<中略>
「とうとう動かなくなったわ。なんて可愛いのでしょうね。お日さまが、うらやましい。日本中の野でも里でも町でも、こんな風に死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」

これだけの間に素敵発言がいっぱい飛び出しました!


「私の目に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」
「お日さまが、うらやましい。死ぬ人をみんな見ていらッしゃるのね」


嘘みたいだろ…… これでオトナの身体に童女の顔なんだぜ……
肌は光っていて黄金の香りがするんだぜ……
姫 かわいいよ 姫 (*´Д`)


家 燃やされたい


そして戦慄のラストシーン!
夜長姫の最後の台詞!




泣けます。


書きません。自分で読んでください。
安吾のことです。好きだったとか、恨みますとか、そんな単純な言葉な訳はありません。
でもその最後の言葉だけで、
私たちは夜長姫が愛しくて愛しくて仕方無くなります。


私はここに至って彼女の事を「邪悪」と言うのが憚られます。
なぜなら、彼女の心に「邪(よこしま)」な気持ちは全くないからです。
純粋な結晶体のような、ヤミ(闇、病み)デレ。
そこには、利己心も、打算も、嫌悪もなくて。
ただ、好意の表現方法が普通の人と違った角度で表出してしまうだけなのです。


ああああああああ


夜長姫萌えッ! 
夜長姫に家 燃やされたいッ!
夜長姫は俺の嫁

余談

これらのヤンデレヒロインには、「邪な気持ち」が比較的少ない事が特徴として挙げられます。
私がヤンデレに求めているものは、恐らく、光の中では黒が最も映えるように、
狂気の中に見る、感情の純粋な超越性なのかもしれません。