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桜花チルアウト
私がその少女に強く惹かれたのは、鋭利で無垢な感情が雨中の子猫のように私の情懐に切り付けてきたからである。
先刻からずっと眺めていた少女。彼女はつい先刻、強く愛情を希求し、それが満たされなかった状態にあった。精神は一種の昂揚に、滂沱の涙を流している。
「噂なんか、嘘っぱちだ……ひぐっ」
桜の樹には伝説がある。桜の樹の下で告白すれば失敗しないという伝説である。
失敗例をまだ聞かぬのだから、凡そ真実なのであろう。
立ち行かぬのなら、消去すれば宜しい。
そっとその少女の目蓋に触れると、彼女は驚きに顔を上げた。
彼女の眼には、私は黒髪麗容の少女に見える筈だ。
「忘れたいの?」
「……うん」
「なら」
艶々とした唇を咥え、そこから息を吹き込む。
「私にはそれが出来るわ」
「……あっ……!」
「楽にして」
「んふ……」
小さく甘美な吐息が漏れる。
「貴方の中に入って、拡散して上げるから」
共同幻想に基づき或る者は私を妖精と呼ぶ。
謂わば集合的無意識の集約である。
だが。
だが私は、何故此処に居たのだろうか――?
私は少女の繊細で犀利な網脈を擦過する自意識である。
私は今、産まれた。